エル・シャダイ
No.11「エル・シャダイ」(אֵל שַׁדַּי)
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「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、
全き者であれ。」(創世記17:1)
●神がアブラハムに語られた「全能の神」を「エル・シャダイ」(=エール・シャッダイ「エル」は「神」、「シャダイ」は「全能」を意味します。「全能」の「シャド」は「乳房」を意味し「十分な乳を与えて、人を養う」ことを意味します。また神がアブラハムに約束された「乳と蜜の流れる地」も、神がキリストによって天にあるすべての霊的祝福をもって満たしてくださる、というたとえです。ですから「あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ」とは、「キリストをあなたの一切のものとせよ」という意味になるのです。
●イェシュアは弟子たちに対して「わたしについて来なさい」と招かれました。そして最後の晩餐で弟子たちに新しいことばをお与えになりました。それは「わたしにとどまりなさい」です。「とどまる」とはキリストと親しく「つながる」ことであり、キリストのうちに「住む」ことを意味します。それは、私たちの理解を越えたことであり、多くの時(日々)を必要とするのです。そのことによって、「多くの実を結ぶ」ことになるのです。使徒パウロはそのことをこう表現しています。「私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」(ピリピ4:19)。これが「全能の神」(エル・シャダイ)が意味していることです。
●「キリストにとどまる」ことは霊のことばであり奥義です。それは、日々、キリストを食べる、キリストのことばを食べる、キリストの愛を食べることを意味します。イェシュアは詩篇1篇にある「幸いなその人」です。なぜなら、その人は孤高の人であり、「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ人」だからです。「口ずさむ」と訳されたヘブル語の「ハーガー」は、牛のように反芻することです。天の御国の祝福のことばがそのようなイェシュアからあふれ出たのです。私たちも御霊の助けによって、イェシュアのように昼も夜も主のおしえを喜びとし、そのおしえにとどまるなら、時が来て多くの実を結ぶことになるのです。
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